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不染鉄(不染鉄二) - 奈良風景(展覧会出品作)

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  • 不染鉄 - 奈良風景(展覧会出品作)

作者 不染鉄(不染鉄二)
ふせんてつ
作品名 奈良風景(展覧会出品作)
詳細 27.5x24.3cm
紙本

展覧会出品歴
没後40年 幻の画家 不染鉄展 (東京ステーションギャラリー, 奈良県立美術館 2017)


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価格 売切

不染鉄

不染 鉄(ふせん てつ、1891年6月16日 - 1976年2月28日)は、大正から昭和にかけて活動した日本画家。幻の画家と呼ばれている。

生涯
1891年(明治24年)6月16日、東京・小石川の光円寺住職・不染信翁の子として生まれる。本名は哲治。のち哲爾に改める。別号に鉄二。
少年期の境遇は複雑で、不良少年とみなされていたという。大正大学で学ぶ。画を志し、山田敬中に師事。20代初めに日本美術院研究生となった。
写生旅行のため伊豆大島・式根島に行くが、ここで突然漁師となって三年間滞留。本土に戻ったのち京都市立絵画専門学校(現在の京都市立芸術大学)に入学して、在学中に特待生となり、1919年(大正8年)の第1回帝展で「夏と秋」が初入選。京都絵専を首席で卒業した。
その作品は、「克明な描写と、古絵巻に学んだ大和絵的手法を融合した作品」と評され、「俯瞰と接近の相まった独創的な視点」も特徴として挙げられる。帝展には伊豆を題材にした作品をたびたび出展。日本美術展では銀牌を受賞した。
第二次世界大戦後の1946年には、かつて図画の教員を務めていた縁から奈良の正強中学校理事長に招かれ、ついで正強高等学校(現・奈良大学付属高等学校)校長を務める。以後他界まで奈良に過ごした。1952年に正強学園理事長を退任したのちは画業に専念。画壇は離れたが、奈良を題材とした作品や、青年時代の思い出に連なる海を題材とした作品を描き、奈良女子大学の学生たちとの交流を楽しみつつ、悠々自適の晩年を送った。
「芸術はすべて心である。芸術修行とは心をみがく事である」を信条とし、「いヽ人になりたい」という言葉を残している。
1976年(昭和51年)2月28日死去。84歳だった。

Wikipediaより

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